王様の耳は驢馬の耳

週一の更新で受け売りを書き散らしております。

「インテリジェンス入門」を読んで その弐

前回はドイツとフランスの情報活動に触れた。今回はイギリスの情報活動に関して少し触れてみたい。情報活動一つとってみても、ずいぶん文化の違いが表れてくるものである。

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インテリジェンス入門

インテリジェンス入門

 

 

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「インテリジェンス入門」を読んで その壱

ご承知だとは思うが、今回扱うインテリジェンスとは知能や知識のことを指すのではなく、諜報活動のことをいう。筆者はあまり技術的なことには関心が薄いのだが、たまたま手にとる機会があったのでここで紹介したい。

 著者である柏原氏は本の冒頭で「情報機関を最初から考えてみたいという人のための導入として執筆」され、扱う時代は現代でなく「近代的な意味での情報機関もしくは情報活動が確立される一八七〇年代前後から一九一〇年前後」までに焦点を絞っている。ではざっと見ていきたい。

インテリジェンス入門

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「戦争学原論」を読んで その弐

 

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前回と同じく石津朋之氏の「戦争学原論」についてである。

すでに前回で戦争とは合理的な政治的事象ではなく、文化的事象であることに触れた。この考えは筆者の従来の考えを補強するもので、我が意を強くするものであった。情けない話であるが、筆者は戦争には肯定的側面があるという考えをブログ以外で他人に話したことは、極々親しい者以外に一度としてない。

保守派の活動を通しての知人は少なくないが、その誰もが戦争に対しては極力避けるべきものとして認識しているからである。なにも積極的に戦争せよと話したいのではない。戦争を避けるにせよ、始めるにせよ、それを多角的に眺める重要性を議論したいのだが、なかなか理解を得ることは難しいだろうと躊躇しているのである。

ともあれ、さっそく本題に入りたいのだが、実は前回でほとんど書きたいことは書き尽くした感があるので、今回は気になった点を列挙するに留めたい。

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「戦争学原論」を読んで その壱

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当ブログでは何度か戦争について取り上げてきたが、大半の人間にとって受け入れ難いものであったとおもう。つまり戦争には肯定的側面があるということである。興味があれば過去記事を参照していただきたい。

今回とりあげる「戦争学原論」の著者である石津朋之氏は、「戦争は人類が営む大きな社会的な活動である。」と持論を述べ、そこから改めて戦争について考え直すきっかけと思案する際の材料を与えてくれる。

また、日本において平和学は活発に議論されているが、戦争をタブー視するあまり、戦争の学問的研究やその教育水準も低い。海外では活発な議論がなされている戦争に関する学術的、学際的な学問領域が不在であり、その現状を少しでも改善し、「戦争学」を確立したいと考えている。

戦争をただただ悲惨なものとして忌避するのでなく、戦争を様々な観点から眺めることは重要である。予め断っておくが、戦争に勝利するための方法を論じた本ではない。では見ていこう。

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