王様の耳は驢馬の耳

週一の更新で受け売りを書き散らしております。

2017-06-03から1日間の記事一覧

「私の国語教室」を読んで その弐

前回、国語の乱れは筆記の乱れであり、知識層の無関心の結果が国語に対する無知を招き、それが国語の乱れに帰着したとまで書いた。今回も引き続き福田恆存著『私の国語教室』を見ていきたい。