王様の耳は驢馬の耳

受け売りを書いているだけです。気になさらないで下さい。

日本資本主義の精神を読んで その弐

「日本資本主義の精神」の著者、山本七平氏は言う。江戸時代は日本の歴史の中で、最も興味深い時代であり、およそ二百五十年の治世のうちに「自前の秩序」を確立した。 本著のなかで最も強調されるのは石田梅岩であるが、彼の思想の基礎には鈴木正三がある。…

日本資本主義の精神を読んで その壱

「日本資本主義の精神」は昭和54年に刊行された。著者の山本七平は日本の資本主義の精神的原型を江戸時代のサラリーマンにあるとしている。故に江戸時代を知ることが現代を知ることになると述べる。本著では江戸時代サラリーマンの精神構造の形成に影響力…

「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の最終話を観て

白状するが当ブログ筆者はヲタクである。アニメも観れば漫画も愛読している。TVゲームも好きなのだが、歳のせいか前ほどの情熱はすっかり影を潜めて、購入はするが手すら付けないことが屡々ある。 見出しにあるように「やはり俺の青春ラブコメはまちがってい…

世間の誇張について

テレビを見ていて一々目につくのがその過剰演出である。こういった軽佻浮薄なる世相に辟易されている心ある常識人は少なくないと思われる。 さて、そんなような風潮は十七世紀スペインでもあったのか、すでに予め忠告されていたようである。 バルタサール・…

喫煙の規制について

普段筆者は時事問題は扱わない。テレビも観ない上に、新聞もろくに読まないため世事に疎いのもそうだが、そもそも時事問題は枝葉の話であり、その問題の根は世の空気や思想にあると考えているためである。 今回は空気ではないが、喫煙の規制について多少意見…

イソップ寓話の教訓

蛙たちは民衆政治に飽きて毎日ゲコゲコ鳴くだけ。 そこで神様に王様を送ってくださるようお願いした。 ところが送られたのは一本の棒杭。 蛙たちは口もきかず動きもしない王様をやがては馬鹿にした。 動く王様を送ってくだされ。 そこで神様は鶴をお遣わしに…

日本の於ける理性の傳統を読んで その四

前回と前々回は「道理」と「自由」が鎌倉時代からの日本の精神史に影響の大なるを概略的に見てきた。この二つの思想が日本の近代の幕開けの標識語であるとする小堀桂一郎先生の主張であることは前回にも触れた。今回は「天道」について本著をもとに書いてみ…

日本の於ける理性の傳統を読んで その参

前回の記事で「自由」に触れたが、今回は少しこれに言及してみたい。前回からの繰り返しになるが自由は明治以降FreedomやLibertyの訳語であると言われているが、俗説に過ぎない。これはもともと仏教語で大陸から伝わり古くから日本にあり、日本書紀にも見ら…

日本に於ける理性の傳統を読んで その弐

前記事で道理が近代開始の標識後であると、小堀桂一郎先生が著書において述べられた。では道理とは如何に把握され、どこまで浸透していたのか。 bambawest.hatenablog.com

日本に於ける理性の傳統を読んで その壱

歴史の区分は幾つかに分けられるが、今日において通説となっているものは古代・中世・近世・近代・現代の五分法であろう。中世と言えば政情不安定で、戦乱や疫病が社会全体を覆い停滞が甚だしい時代とされ、暗黒時代とも呼ばれる。この歴史区分には諸説あり…

支配という言葉の犠牲者

他人に何かを配って、その人を支える。物を分け与え支える。仕事を配分し、生活を支える。これらを漢字二文字で表すと「支配」になる。 広辞苑によると し-はい【支配】 仕事を配分し、指示し、取り締まること。 物を分け与えること。分配すること。 統治す…

アメリカ外交の伝統的特徴

アメリカの外交の伝統的特徴は英国のネイティブアメリカンに対する植民事業をその基盤とする。後述するがそれは豪州やニュージーランドの侵略とも差異は有るが、何れにせよ英国人の狡猾なる残虐性がこれらの植民事業、否、侵略史から浮かび上がってくる。

戦争と美 其の弐

美しいままの死は未完で、未完の美は真の美ではなく、虚偽の美しさであって、泡沫のような虚しい幻影にすぎないのか。前回に続いて戦争の中の美しさに関する考察を続けたい。 前回同様予め断って置くが、これは戦争の悲惨さだけを高調する世間一般に対する別…

戦争と美 其の壱

今回の投稿は戦争についてである。言わば今までの戦争に関する記事は、地ならしと言えよう。 以前からの投稿にも増して、まず理解されないであろうことを承知で述べたい。動もすれば左右の別なく袋叩きにされることも分かっているが、これは筆者が幾つかの戦…

軍人と政治家よりの教訓

日本は明治以来、政治と軍事を分離してきた。軍国主義批判が喧しい現代では正しい政治形態とされているが、果たしてそうであろうか。 我が国に於いては鎌倉時代から江戸時代末期までの凡そ七世紀、武士が政権を握って来たという伝統に反する失政であったと大…

国民である前に人間か

人は第一に人間でなければならない。人間としての基本が成って、漸く国民であることが出来るのである。 故に日本または日本人ということに固執するのは、真実の人間となる根拠足り得ないというのである。なるほど、人としての踏むべき道を把握し、未熟なる自…

自殺は卑怯か その弐

前回は自殺者は卑怯かどうかを考えてみた。今回も続けて考えてみたい。 さて、よく耳にする自殺者に対しての批難に、弱すぎるという声が在る。だから死ぬのだと言わんばかりである。 [前記事貼付]

自殺は卑怯か その壱

自殺は卑怯かどうか。この場合の卑怯とは勇気がなく臆病な様を指すが、自殺には相当の覚悟が必要であることは、今生きている人間であれば誰もが同意するところであろう。自殺する程の勇気があればと、よく耳にする言葉であるが、知ってか知らずかある程度ま…

宗教は軽蔑すべき迷信か その弐

前回は宗教とは如何なるものであるのかを述べた。今回は宗教権威の失墜が如何に起こったかということから見ていきたい。 bambawest.hatenablog.com

宗教は軽蔑すべき迷信か その壱

冒頭から私事で恐縮だが、筆者はこれまで信仰心を抱いたことがない。何となれば自身、理知こそが真理に到達できると信じていたからである。故に宗教などまさに迷信、盲信の極みであると高をくくっていたのである。今でこそ多少の理解は有るものの、信仰を得…

古事記を味読すれば ㋺

さて、早速話を続けたい。 bambawest.hatenablog.com

学問と読書 その弐

前回の続いて今回も読書と学問に就いてである。読書が著作をある種の崇拝になると、有害無益に陥る弊に就いて述べた。 bambawest.hatenablog.com ではどうすれば可いのか。

読書と学問 その壱

筆者は毎年50冊程度本を読む。読書家を自認する諸氏からすれば、嗤われる冊数だろう。遊興に耽りたい気持ちに鞭し、寸暇を惜しんで読書に努めては居るつもりであるが、果たしてこれで道を得られるのかどうか、甚だ心許ない。 周囲からの視線も、必ずしも温…

古事記を味読すれば ㋑

速読の効用が高調される昨今であるが、その中ですっかり等閑に付されて久しいのは味読であろう。読んで字の如く味わって読むの大切さを、古事記の一節から再確認してみたい。

戦争は無くすべきではない

過激な表題で煽っているようだが、そんな気は全くないのだ。筆者自身、戦争は無い方が好いという気持ちは人並みにある。しかし人間本性として戦いを否定し去って、果たしてそれが正しいのか否か。ここで考えて見る価値はある。

「痩我慢の説」を読んで

福沢諭吉 瘠我慢の説 瘠我慢の説 殺人散財は一時の禍にして、士風の維持は万世の要なり。

「正統とは何か」を考える

ギルバート・ケイス・チェスタトンの「正統とは何か」を以前に首を傾げながら読んだ。以下は有名な一節であるが、やはりどうしても引っ掛かるのである。

多様性について

ncase.me これは或るサイトで紹介されていた、多角形(多種族)社会のシミュレーションである。前提も過程も、その結果も疑問の残る実験であるが、色々と考えさせられる。

神道の略歴

山田孝雄に出会えたのは幸運であった。神道の歴史を簡潔に解説されていて、このまま筆者の中で寝かしておいても勿体ない。備忘録も兼ねてここで簡単に書き留めて置きたい。

戦争は無くならない

戦争は無くならない (1984年) 作者: 松原正 出版社/メーカー: 地球社 発売日: 1984/01 メディア: 単行本 クリック: 16回 この商品を含むブログ (4件) を見る 備忘録を兼ねて注目した要点を箇条書きにした。