王様の耳は驢馬の耳

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イスラム教の基礎知識的な随筆 その一 ムハンマドの出現

ムハンマド・イブン・アブドゥル・ワッハーブ*1は言わずと知れたイスラム教の開祖であります。

 ムハンマドの出自などは各々Wikiでも参照していただくとして、今回はイスラム教に関して知り得た事を備忘録を兼ねて随筆したいと思います。

まず最初に知らざるべからざることは、彼がユダヤ・キリスト教を通して最後の預言者であること。

つまりイスラム教はユダヤ教キリスト教も認めているのです。しかしムハンマドはこれらは神からの啓示を誤って伝えてしまった為に、それを矯正するための最後の預言者として神に択ばれたと考えている。ちなみに、彼に啓示を与えるのは天使ガブリエルであります。

 

ムハンマドは預言者であるだけでなく政治的指導者であり、なおかつ優秀なる将軍でもあることは重大です。彼は神の援けを受けながら剣でもって異教を攘いイスラムを拡げる。兵士は分捕品の5分の1をムハンマドに、残りは己の懐に収められるために喜んでこれに加わる。この辺りは非常にアラブ的ですね。

その後凡そ100年の間にトルコ、ペルシャ*2、エジプト、シリアを従えるまでに急伸します。

 

偉人は次代を造ると同時に、偉人を生むものは時代である。

以下はムハンマドを生み出した時代的背景を箇条書きにしたものです。

  1. 活発な思想の横溢する時代だった。ムハンマド出現の前後150年はアラビア文芸復興期で、多くの詩人を輩出した*3。活発な思想の横溢する時代だった。
  2. 国民的感情が形成されつつあった。東はペルシャ、西は東ローマ帝国に挟まれ半島内にしか発展ができなかった。
  3. 人口過剰になりつつあった。アラビアでは養いきれない人口を外に排出せざるを得ない遠心力が次第に強くなっていた。
  4. 預言者を望んでいた。「セムの子等は預言者、ヤペテの子等は王侯、ハムの子等は奴隷なり」という古い諺を信じて女子は預言者を授からんと祈った。

以上の背景からムハンマドは出現してきます。

次回はコーランについて。読んで頂きありがとうございました。

*1:マホメット、モハメッドの呼び名は西欧表記の発音

*2:イラク

*3:優れた詩を詠うことは男子の誉れであった