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現代日本と町人根性 その弐

前回の記事で和辻哲郎氏の『続日本精神史研究』の中で論じられた「町人根性」に対しての鋭い批判を見てきた。現在の日本にも通じるものがあるので、今回もその続きとしたい。

 

  

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  明治維新を経て四民平等となり、それまで支配階級であった武士を含む、あらゆる階級が町人の職に携わり始める。それは町人差別からの開放というより、支配階級の町人化であると和辻氏は言う。

そして在来の町人を洋楽の力でもって押し退け、新しい町人階級である実業家・資産家階級を生み出す。在来の町人と異なっているのは文明開化の精神が欧米のブルジョア精神であったという一点のみであり、「利己」を絶対的目的とし、「倹約」「正直」を主徳とする「町人根性」であったという点では同質であった。

この精神が資本主義の血肉となって発展し、近代企業家を生んだ。彼等の絶対的目的はやはり利潤の増大であり、事業の繁栄であり、それが社会秩序に寄与しようとしまいと顧みないのである。事業はやがて人間を支配するに至り、ブルジョアの徳である「倹約」と「正直」は今や「費用削減」と「品質改良」にその座を譲った。

さて、和辻氏は欧米資本主義の日本流入の段取りは以下の三つに分けられるとする。

  1. 自然科学と技術
  2. 封建制度を否定する自由民権思想
  3. 経済組織の資本主義化

これらの奨励者代表として福沢諭吉を挙げる。明治の先覚者として先ず自然科学より学び始め、ついで「独立自尊」を生涯の標語としつつ、多くの新しい資本家を養成した彼の思想において代表的に示されている。

福沢は封建思想の打破に努め、実学の力によって富裕となること、即ち自由競争を唱道した。この精神は『学者と町人』と題する論文において極めて露骨に述べられていると和辻氏はいう。以下福沢の引用である。

学問は人生の目的に非ず、……学問を人事に活用して自身自家の生計を豊かにし、又随って自然に国を富ますの基と為るに非ざれば、学問も亦唯一種の遊芸にして人事忙しき世の中には先ず以て無益の沙汰なり。

 ところでその人事即ち「人生の仕事」は何であるかと云えば、

文明男子の目的は銭に在りというも可ならん。

確かに極めて露骨である。従って、

学問をして社会の人事に活動せしめんとするには、……唯商売工業に飛入るの一策あるのみ。

封建時代には商売を賤しんだが、「文明の社会においては商売は身を立て国を立つるの根本」である。故に商業は「人事の頂上」に位する。「貴き商売」を世間が賤しめるのは、古来の商人の「品格賤しきがために、その事柄もまた下賤の地位に落ちた」のである。

そこで武士の子孫である義侠心に富んだ実学の知識ある士が、「商売社会に侵入してその領分を押領し、従前の素町人を舊(旧)領地より放逐」せねばならない。卑賤の仕事でも、素町人であれば賤しく、学者であれば「士君子の業」になる。「これに従事する者は前途の望み洋々春の海の如し」というのである。

このように露骨なる「町人根性」でも学問的根拠付けを伴えば、事新しく風靡される。和辻氏は幕末の先駆者として福沢を評価はするが、彼の「功績」の結果が個人が社会的全体性より先であるという考えを世に開展させ、後の自由民権運動に繋がったと見た。

では和辻氏はこの自由民権運動を如何ように見ていたかといえば、「手軽なブルジョア革命」である。そしてこの運動が明らかにしたものは、個人主義が「町人根性」にとって本質的であるということである。

梅岩においても「人は小天地」であり、また小天地として私欲なく正直に得た利益は、「天命に合(かな)うた富」即ち神聖な所有権に基づいた財産であった。

 これは一種の天賦人権説であり、これが個人主義を誘導し、日本古来の社会主義的傾向を駁撃したという。維新以前はまだ儒教的道徳、つまり五倫五常が堅固で、利己主義の不徹底が利己を「家の利己主義」に留めていた。

しかし、維新後はこれを除去し自由競争を唱導した。そもそも経済は無政府主義的傾向を持つため、個人に対しては不干渉であり、貧乏自己責任であり、貧乏人は懶惰で不道徳であるとする。競争原理は自然の道理であるから、人為的統制はこの道理を破るものであるということになる。

さらに、土地の私有は新しい真理となった。伝統的には土地は公有であったが、維新以後はこの考えもなくなったことも述べておかねばならない。

まだまだ和辻氏の批判は続き、ベンサムとJ.S.ミルの功利主義批判へ論を展開していくのだが、当ブログではここまでとする。『続日本精神史研究』は昭和三十七年に書かれたものだが、現在でも全く古びていない。興味がおありであれば原著にあたって頂きたい。機会があればまた書きたいと思う。