王様の耳は驢馬の耳

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「戦争論 われわれの内にひそむ女神ベローナ」を読んで その二

前回に続いて今回もロジェ・カイヨワの『戦争論 われわれの内にひそむ女神ベローナ』を取り上げたい。蛇足かもしれないが、訳者のあとがきに「原題を直訳すれば、『ベローナ、戦争への傾斜』となり、現代社会が坂道を転げ落ちるように戦争へと向かってゆく、その趨勢を意味している。」と述べ、しかしそのままでは日本で出版するには不向きであると判断したようだ。ちなみにベローナは戦争の神であり、軍神であるマルスの妻である。夫婦そろってマッチョであることは疑いない。

さて、前回は封建時代の貴族による戦争の独占と、その特殊な戦争形態を見てきた。この話は興味深いので、もう少し書いておこうとおもう。

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マスケット銃が歩兵を生み、歩兵が民主主義者を生んだ

カイヨワによれば、貴族の戦争は要するに剣術であるという。強さは戦士の能力に依存していおり、弓や鉄砲など遠距離から射つ武器は卑怯者、臆病者の使う下衆な武器として蔑まれていた。場合によっては禁止されてもいた。というのも、貴族の戦争は勇敢に正々堂々と戦い、優れた者が勝利を収めるという理想の上に成立していたためだ。しかし弓や鉄砲の射程は戦士の個々の能力をほとんど問題にしない。武術に長けた者の目から見れば、この理不尽な武器を認めることができなかったのだろう。

射程がものを言う時代の到来を予見した古代ギリシャアルキダモスシチリアから運ばれてきた弓を見て「勇気はもはや役には立たぬ」と叫び、ハインリッヒ・フォン・ビューローは「弾丸の射程がすべてを決めている」と言ったという。貴族は頑なに貴族の戦争の存続させようとしたが、時代の潮流には逆らえず、ついに16世紀の末、火器と歩兵との不断の進歩に追いつかれてしまう。それまでの歩兵とは戦力として見做されておらず、彼らは武器を持った従僕に過ぎなかった。つまり中世の軍隊は、多数の徒歩の従者を付き従えた騎士集団であった。

そして18世紀の末にフランス革命が起こる。カイヨワは革命は鉄砲と歩兵の進歩の上に立ち、大衆動員により歩兵を作り、普通選挙によって市民を作ったという。それまでの戦争は騎馬戦と歩兵戦の二つの型が存在しており、前者は貴族の戦争で戦闘は稀れであり騎士道に基づいて行われた。これに対し後者は常に熾烈を極め、勝つか死ぬかのどちらかだった。鉄砲の出現により前者の規則は破り捨てられ、民衆は本能的、必然的に鉄砲を採用した。また王家も扱いにくい貴族よりも、王家に属し金で雇える兵士を徴募する方を好んだため、傭兵の数が増えるにつれ鉄砲の数も増えていった。

歩兵の発達は欧州で初めて民主主義原理が行われた政治体制下で採用された軍事制度と、不思議なほど一致しているとカイヨワは述べる。馬に乗らず、平等の精神、厳正な軍規、熱烈な宗教心と民族愛など、これらを重視した例は他になかったという。スイスでは男子はみな出生から16年目に徴兵され、各州で自州の農民兵を集める。民兵は民主主義の精神が旺盛で、力で勝ち取った独立であるから武器を持つことと選挙権は一体であった。現在はわからないが、州によっては投票所へ武器を携帯することを法律で定められたいたという。

このように厳しい組織は同様に厳しい軍律を内包する。つまりすべての兵士が逃亡を示唆する者を殺してよいという権利を持っていた。スイス人は生存を賭けた、文字通り一所懸命に戦場に挑んだのである。スイス人はムルテンの戦いで勝利を得たが、この戦いは国民的な戦術歩兵集団の勝利であり、中世の封建貴族の軍事的優位の終焉を告げたものであったとされている。その後の戦争から遊戯的要素は消え、血みどろの戦争に回帰していくことになる。

民主主義は戦争のための制度

銃が剣に、歩兵が騎兵に、平等が特権に取って代わり、フランス革命普通選挙と義務兵役制を定めた。しかし物事は得たものと同等、もしくはそれ以上の代価を求めるものである。得られた権利と自由とは、複雑で強力な組織を前提としており、徴兵制はその一側面に過ぎず、その意味するところは政府に参加するのなら国防にも参加せよということだ。カイヨワはこう述べる。

民主主義は、戦争そのもののため、また戦争の準備のために、国民の一人びとりにたいして金と労働と血とを要求する。

戦争は国家的活動となり、国家全体が戦争のためにいつでも動員できるようになった。つまり国民全員が武装したのである。民主主義と平和主義が矛盾しないという意見もあるが、カイヨワの主張に従えば、戦争のために生まれた民主主義は平和主義とは対極的なものと言えそうである。

 

戦争論 〈新装版〉: われわれの内にひそむ女神ベローナ (りぶらりあ選書)

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