王様の耳は驢馬の耳

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「戦争論 われわれの内にひそむ女神ベローナ」を読んで その三

戦争は、聖なるものの基本的性格を、高度に備えたものである。そして、人が客観性をもってそれを考察することを禁じているかに見える。 

上はロジェ・カイヨワの「戦争の眩暈」の序文である。戦争を客観的に検証しようとすれば、それは精神を麻痺させてしまい、検証者から冷静さを奪ってしまう。戦争に対する人々の反応は様々であり、そのうち戦争を賞賛するものどれもが説得力に欠けるものばかりである。これに対し、戦争を咎める意見は、疑う余地のない事実を告げている。

Bellona Smiteより

戦争と信仰は等しく理性を嫌う

すべての戦争は国を荒廃させ多くの血が流れるものだというが、それは明白なる事実である。したがって戦争は悲惨で、非合理的であり、無益なものと考え、また人によっては諸悪のうちの最悪のものとして批難するのも無理はない。それに対して批難された側は特に有効な反論はしない。戦争を擁護しないまでも必要なものとする多くの人びとは、批難する者に不信の念を抱く。人びとはこのような議論を嫌って参加しない。

日本では違うかもしれないが、国防に関してなんらかの義務を課せられている国ぐにでは、戦争を批難し徴兵を忌避する者は救い難い権利の放棄であり、女々しいことと見做されている。このような連中は卑怯な臆病者であり、また裏切り者として疑われるのである。要するに、人びとは戦争を科学的研究の対象にすることを嫌い、それから生じる人びとの反応は強烈に相反したものだということである。

同じようなことが信仰にもいえる。社会一般の良識人は信仰を懐疑的に捉えていたとしても、信仰を持つ人びとを一人も説得することはできない。対する信者は不信者をいちばん大切なものを理解していないと考えるというわけである。ゆえに戦争が神聖性をもつという理由もここにある。神が畏怖と畏敬の存在であると同時に、人の心を惹きつけ無視することを許さないように、戦争も同様に恐怖と魅力を持っているのである。

 戦争と祭りの果たす機能は同じ

カイヨワは原始社会において聖なる時は祭りの時であり、相違点はいくつかあるが、果たしてきた機能は近代社会と変わらないと述べる。原始社会の祭りは巨大な爆発のようなもので、人々は集い、体力を消費し、資材を濫費し、生命力を確かめ合い、興奮し、集団的狂乱を分かち合い、消耗しながら自らを栄光あるものとする。

戦争と祭りの実態には相通じるものがあるという。両者は騒乱と動揺の時期であり、貯蓄が浪費に、個人が集団に、知性が感情に、日常が非日常に取って代わる。戦争と平和の周期も祭りと平時の周期と同じで、集中と発散、騒乱と労苦、浪費と倹約とが交互に入れ替わる。さらにまた、道徳的規律の根源的逆転が伴い、平時では許されない殺人が許されるということである。祭りにおいては涜聖的な、たとえば同族の女と交わるなどが許される。日常で抑圧されてきた本能を解放し、神的なものや死を身近に感じる者は自分が偉大なものになる感覚を体験するというのである。

このように、平常の規範を一時中断し、本能を解放し力を爆発させることで、社会の老朽化を防止する有効で唯一の機能を果たしている。平時では物事は動きの鈍いものになり、いずれは動けない状態に陥り、ついには死んでしまう。対称に戦争と祭りは危険ではあるが溌剌とした暴力を用いて老廃物を取り除き、活力を根源から発揮するものなのである。

 

ここで私見を述べたい。戦争が祭りと同じ機能を持つものであり、また信仰と同様の性質があるならば、それらを司る政治もまた非合理的で理性嫌う性質を多分に含んでいると言えるのではないか。というのも、政治とは「まつりごと」とも言うように、非日常を司る、つまり祭りと戦争を元来扱う場であるとするならば、それは神秘性と神聖性を内包していると考えられるからである。

もしそれを認めるのであれば、政治は理性や合理性とは本来適さないものではないかということである。平安時代に天災が起こった際に為政者の採った決断は、寺を建立し大衆の安寧を祈ることだった。今日の我々の目には不合理の極みに映るであろう。彼らを無知と蒙昧を嗤うのは簡単であるが、しかしそれを大衆が求めていたのも事実である。これによって大衆は安心することができ、秩序が保たれていた側面を見逃してはならない。

そうかといって、理性を軽視することはできないが、それに傾倒しすぎては政治本来の姿を見失ってしまう危険がある。そもそも人間存在自体が合理的にはできておらず、いろいろな矛盾や葛藤を孕みながらも日々を送っている。まったく呆れるほど不合理な存在なのだ。その集合である国家の運営は情理と合理の両輪でなければならない、と言いたいのだ。当たり前に過ぎる結論でここに来て恥ずかしくなってきたが、せっかくなので残しておく。

 

戦争論 〈新装版〉: われわれの内にひそむ女神ベローナ (りぶらりあ選書)

戦争論 〈新装版〉: われわれの内にひそむ女神ベローナ (りぶらりあ選書)