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「人体600万年史」を読んで その弐

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人体の歴史を学ぶことは、人間という存在を正しく理解する一助になる。生き物である以上、その種の行動様式になんらかの規範が認められるだろう。それに則った生き方が、自然であり自由である。

だから原始的生活に戻ろう、などというのは極論であることはいうまでもない。しかし現代社会を生きる我々が抱える諸々の問題、あるいは病気がなぜ生起するのかを知る手がかりになろう。そのような問題に多くの示唆を与えてくれる書である。

では前回の続きである。

 

 現生人類の革新的な後期石器時代と衰退のネアンデルタール人

現生人類とネアンデルタール人は共に狩猟採集民であり、共通する祖先から40万年以上前に分かれとされている。ネアンデルタール人は2万数千年前に絶滅しており、その理由は未だに明らかでないが、生き残り繁栄した現生人類が独創性に長けていたのに対し、ネアンデルタール人は守旧的だったためではないかと推測する。

5万年ほど前の後期石器時代に生きた現生人類の遺跡からは、壁画や、装飾品や、彫刻品などの文化的作品が発見されている。剥片石器の大量生産方法を編み出した技術的進歩の影響も大きいだろうが、こういった文化的営為はネアンデルタール人にはほとんど見られなかった。つまり独創性や想像力が現生人類にくらべ乏しかったのだろう。

ではネアンデルタール人の脳は現生人類に比べて劣っていたのかといえば、そうではないようだ。容量はほぼ同量であったし、大きさが直接知能に結びつくわけではない。化石頭蓋の構造から側頭葉や頭頂葉が相対的に大きかったという意見もあるが、どこまでも推測にすぎない。

 

農業による現代病の生起

ある人は、農業の初まりが不幸の始まりだったといった。またある人は、農業は人類史上最大の過ちだったといった。これはまったく根拠のない話ではなく、農耕牧畜は狩猟採集よりも多く食料が得られ、子も多くもうけられるが、代わりにその分だけ必死に働かなくてはならない。また、いつ天災に遭って餓死するとも限らないし、人口密度の高い集団で生活するためストレスも多く、さらには伝染病の恐れもある。

現代病の多くは狩猟採集民であった祖先が、農業へと移行したために従来の適応との不一致を惹起し、様々な障害を呼び込んだ「ミスマッチ病」であるという。それならばなぜ我々の祖先は、そのような最大の過ちを始め、そして未だに農業を続けているのか。

 

農業の始まり

およそ1万1700年前に氷河期が終わり完新世に入ると、気候は温暖化し安定し始め、農耕牧畜にとって必要な条件が整い出す。それと同時に人口が増えだし、増えた食い扶持をまかなうために栽培を補助的に始めるが、のちに本格化し補助用菜園が農場に発展する。そして永続的に作物や家畜の面倒を見られるように一箇所に定住を始める。

 

農業の労苦はそれほどでもなかった

農業は数千年の間に、僅かに孤立した狩猟採集民を残して、野火のように広まった。その最大の原因が人口成長である。狩猟採集民の出生数は平均6人か7人で、うち生き残れるのは3人*1なのに対し、農耕牧畜民は二倍にはなるという。

次々と生まれる子供は窮乏の原因になるが、農耕牧畜民にとっては子供は負債ではなく貴重な働き手であり、子が多いほど富裕になるのである。

農業の発展を助けた他の理由として、後の時代の農業ほど「悲惨な労苦」ではなかったことだ。もちろん楽だったわけではない。

アフリカ原住民で狩猟採集であるサン族やハッザ族の労働時間は、一日およそ5時間から6時間だ。現在ならホワイト企業とでもいえばいいか。さて、これに対し農民はどうだったか。簡単な仕事量の比較として一日に費やすカロリーの総量を基礎代謝で割った数値で比べてみる。以下はその平均値である。

  • 一日中安静 1.2
  • 狩猟採集民 男性1.9 女性1.8
  • 自給自足農 男性2.1 女性1.9
  • オフィスでの座業 1.6
  • マラソン等の訓練 2.5~

これを見ると農民は一割ほど高いが大きな差はない。しかし子供に視点を移せばずいぶんと違いが際立ってくる。農民にとっての子供は貴重な働き手であることは既に触れた。ある調査によれば、狩猟採集民の子供の労働時間は一日あたり1時間から2時間程度だが、自給自足農の子供は一日あたり4時間から6時間と大きく差が出る*2。当時は児童労働は当然であり、農家としての教育の意味もあった。現代ではこれが学校教育に置き換わっている。

以上から農業がそれほどの労苦ではなかったと結論付けることができ、狩猟採集はそれほど牧歌的でもなかったともいえよう。

 

農業による摂取カロリー増と脆弱性

狩猟採集民の夫婦が一日に集められる食料は、カロリーにすると5000kcalから8000kcal程度*3で、集団が全員で採集しても小家族をぎりぎり養えるほどの食料しか調達できない。対して初期新石器時代西欧の農民世帯は、一日あたり平均で12800kcalを産出でき、まだ肉体のみに頼っていた時代でも、6人家族を養うのに十分なエネルギーが生産できた。

摂取カロリーは増えたが、狩猟採集民のように多様な食生活*4から、わずか数種類の主食作物に依存を深めてしまうために、さまざまなミスマッチ病を引き起こしてしまう。特に澱粉の過剰摂取は虫歯の原因になるし、糖尿病の引き金にもなる。

それだけでなく、作物の多様性が失われることは、周期的な食糧不足、天災、作物の病気やによって飢饉に対し脆弱性を高めることになる。

 

ミスマッチの遺伝「ディスエボリューション」を解決せよ

なぜ我々の身体はこんなにも太りやすいのだろうか。他の霊長類の成体の体脂肪率は平均で6%前後で、新生児は3%の体脂肪で生まれてくる。それから見ると人間は成人男性でおよそ10%、成人女性は20%程度になり、新生児は15%、幼少期では25%に増える。比較的に肥満体であるが、脂肪は人間にとって、特に大きな脳を維持するために必要不可欠の存在であることは前回も触れた。

なぜ太りやすいかという問題に対して様々な議論があるが、いまだに決着見ていない。今言えることは、人間は余分なエネルギーを脂肪として効率よく貯蔵し、蓄えたエネルギーを成長と繁殖に利用する。しかし、その方法は食料があり余る条件下での適応ではなかったということである。さらに現代人は多く食べ動かなくなったために、肥満と診断される割合が急増している。

話は糖尿病などの代謝病に限らない。あまりに清潔な環境下に置かれているため、アトピー性皮膚炎やアレルギー症状を引き起こしている。衛生面の改善が進化的ミスマッチによって病気に罹患しやすくなるという、逆説的状況に現代人は暮らしているのである。進化による適応が文明文化とのミスマッチが解消されずに、次世代に受け継がれ同じ病に苦しむ。これを著者は「ディスエボリューション」と定義し、これを解消すべくいくつかの提案を示す。

ざっと挙げれば、教育による健康改善、社会環境の改革、医学への投資、文化的革新などだが、筆者が特に興味を惹かれたのは、問題の解決を自然選択に任せる、である。進化はいまだに続いているので、このミスマッチ病が蔓延する環境下において、より適応した者が繁栄し問題は解決に向かうというわけだ。しかしミスマッチ病が健康に深刻な被害を及ぼすのは、成人し、年を取ってからのことであり、また、自然選択が遺伝的に伝達される変異は直接繁殖の成功率に関わることだけである。

ちなみに自然選択は「適者生存(survival of the fittest)*5」のことだと、誤解している人がいると著者は注意を促す。自然選択は比較級、つまり(survival of the fitterと表すべきだという。日本語に訳すれば、「最適者生存」ではなく、「比較的適者生存」とでもいえばいいか。

 さて、この本に関してはこれで終わりにしたい。興味があれば手にとってほしい。

 

人体600万年史(下):科学が明かす進化・健康・疾病
 

 

*1:狩猟採集民の人口成長は遅い。およそ年間0.015%

*2:全体幅は2時間から9時間と大きな開きがある。

*3:成人女性2000kcal、成人男性が3000kcalから6000kcalくらい。

*4:植物の種だけ見ても数十種類も摂取する。

*5:ダーウィンではなくハーバート・スペンサーの言葉。